今週、社員をうつ病に罹患させる方法と題した文章をブログに掲載した社労士について、厚生労働省が懲戒処分を科す方針を固めたとの報道がありました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160120-00000009-asahi-soci

この話を聞いたとき、ひどい話だと思うと同時に、年末に一部で話題となった、ある弁護士事務所の広告を思い出しました。その広告は、強姦事件を起こした男性が主人公で、弁護士が彼のため被害者に告訴を取り下げさせるために活動する(つまりは、示談を取り付ける)という内容でしたが、終始主人公に反省の意識はないように描かれていたと記憶しています。この広告はその後取り消されましたが、私にはこの2つの事件の根底には、同じものがあるような気がしてなりません。

いずれの事案についても言えるのは、当否はさておきニーズはあるということです。前者は、人件費の削減を目指す経営者に、後者は実際に事件を起こしてしまった人にとっては、まさに望んでいたサービスといえます。しかし、両者は、顧客ニーズを重視するあまり、職業倫理という視点が忘れられています。「事業における労務管理その他の労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について相談に応じ、又は指導すること」(社労士法2条3号)が業務とされている社会保険労務士が、敢えて社員をうつ病に罹らせるなどということは職責に真っ向から対立するものです。

後者についてはどうでしょうか。被疑者が起訴されないために活動することは当然の弁護活動ですし、被害者と示談を結んで告訴を取り下げてもらうことも通常の活動です。それでは、弁護人は示談さえまとめてしまえば、被疑者に対して反省や謝罪をさせる必要はないのでしょうか。もちろん、個々の事件において事情は様々でしょうが、必要ないと言い切ってしまうことには、個人的にはどこか躊躇を覚えます。大げさな言い方ですが、被疑者の権利のために活動しつつも、最終的に正義の実現を意識して行動することが、社会における弁護士活動を正当化しているのだと思います。

弁護士として、依頼者のニーズに答える必要があることは言うまでもありません。しかし、どこかで踏みとどまらなければならない一線があり、そこを超えてしまえば単なる事件屋となってしまうのでしょう。依頼者の期待に応えつつ、一線を守ることが求められていると感じます。

と、やたらと固くなってしまいましたが、たまにはまじめな話もしてみたいと思います。